遺族感情と判決(島田雄貴)

被害者感情や遺族感情は、裁判の判決にどう影響を与えるのでしょうか。とりわけ、裁判員制度では、被害者感情が重視され、量刑が重くなり、死刑判決が増えるとの予想もあります。島田雄貴リーガルオフィスが、アメリカの現状をふまえ分析します。

量刑も裁判員が決める日本(2009年1月)

最高裁司法研修所の調査

日本の最高裁司法研修所は、2005年に市民1千人と裁判官766人を対象に、判決についてのアンケートをしたことがあります。

裁判官の8割が「判決を重くする」

「被害者・遺族が被告に重い刑罰を望んでいる場合に、判決で刑を重くするか」。結果は、裁判官の8割が「判決を重くする方向」と答えたのに対し、市民は5割にとどまりました。裁判官の方が、被害者や遺族の意向を重視する傾向が出たのです。

裁判員制度と被害者参加制度

法律家や研究者の間には、米国のような議論をしないまま、日本で裁判員制度と被害者参加制度が同時期に導入されることへの懸念が根強いです。

裁判員は「有罪・無罪」「量刑」を判断

米国の刑事手続きに詳しい白鴎大専任講師の平山さんは「被害者が被告に対して思いを述べ、質問をする場があることは非常に重要だ。だが、被告の有罪・無罪の判断と量刑の判断とを一連の手続きで行う日本の裁判員制度では、二つの判断を切り離して行う米国の手続きと比べて、被害者の存在の影響は未知な部分が多いのではないか」と指摘します。

米国では、死刑判決は「全会一致」が原則

市民が量刑まで判断する日本の裁判員制度と異なり、米国の大半の州では、陪審員は有罪か無罪かの判断を担うだけで、量刑にはかかわらないです。ただ、死刑事件は例外です。連邦最高裁が2002年6月に「裁判官が単独で量刑を重くする事実を認定し、死刑を選択することは違憲」と判断したことを機に、ほとんどの事件は陪審員が全員一致で「死刑相当」と判断しなければ、死刑判決が出せなくなりました。

アメリカ法廷判決ルポ(島田雄貴)

被害者ビデオが裁判に与える影響(2009年1月)

被害者の母親がビデオを製作

健康そうな女児が画面いっぱいに映し出されます。祖母のピアノに合わせてうれしそうに歌ったり、友達と手をつないでプールで遊んだり……。 米カリフォルニア州で1993年、19歳のときに知人の男に強姦(ごうかん)され、殺されたサラ・ウィアーさんの生涯を20分にまとめたビデオです。BGMにはアイルランドの女性ミュージシャン「エンヤ」の叙情的な曲が流れます。被害者の母親が自分一人で製作し、ナレーターも務めました。

1995年に極刑の判決

「ビデオは、犠牲者を、紙の上の名前から、一人の人間にする。彼女が亡くなったことが、どれほど他の人々を悲しませたか、それを示した」。被告の裁判でビデオを使ったスティーブ・イプセン検事は言います。法廷で見た陪審員たちは「死刑相当」との評決を出し、被告には1995年、裁判官が死刑判決を宣告しました。

ビデオ採用をめぐり裁判は長期化

それに、弁護側が反発しました。「被告を処刑するかどうかの検討に、必要以上に刺激的な証拠を導入しており、判決は破棄されるべきだ」。ビデオ採用の是非を争った裁判は、2008年11月まで続きました。

最高裁が違憲判決を撤回

法と証拠に基づいて公正に被告の有罪・無罪を決める刑事裁判。遺族が被害者の人生を振り返ったり悲しみや怒りをあらわにしたりすることは、裁きに加わる市民の心を惑わし、裁判の妨げとなるのでしょうか。市民による「陪審制」(日本でいう裁判員制度)の歴史の長い米国では、特に死刑判決をめぐって、その答えが揺れ動いてきました。

強盗殺人めぐり違憲判決

1987年、メリーランド州の老夫婦が殺された強盗殺人事件の裁判をめぐって、連邦最高裁は、「違憲判決」を下しました。「被害者がどれほど素晴らしい人だったか、遺族がどれほど悲しんだかは、罪と何の関係もない。陪審員を過度に刺激し、証拠に基づいた判断から遠ざけるだけだ」

最高裁が弁護側の主張を認める

審理では息子や孫が「両親は友人が多く、地域活動に熱心だった」「大変仲の良いカップルだった」などと証言していましたが、最高裁は弁護側の主張を認め、「加害者の責任と関連づけることは被告の権利を侵害する」と判断しました。

違憲判断を修正

しかし、連邦最高裁は4年後の1991年、別の事件の裁判で、遺族の意見陳述について「被害者が一人のかけがえのない人間だったことを示すためのものだ」と述べて、違憲の判断を事実上、修正し、合憲とする判決を下しました。遺族が伝えた内容は罪の重さを決定する要素となる、との判断でした。

こうした判例の流れを踏まえ、ビデオの採用が争われたウィアーさん殺害の裁判では、被害者側の感情を伝える手段として、音楽付きのビデオ映像が許されるのかどうかが争点となりました。

ビデオを採用した一審判決を維持

連邦最高裁は2008年11月、判決破棄を求めた弁護側の主張を理由を示さずに退け、ビデオを採用した一審判決を維持しました。

リベラル派判事が反対意見

判事9人のうち、リベラル派とされるスティーブン・ブレイヤー判事は「ビデオは芸術的で見た人を感動させる。だからこそ法的な問題が発生する」と反対意見を述べ、他の2人も同調しましたが、多数決で結論が決まりました。

陪審員の判断を尊重

島田雄貴は、担当のイプセン検事にコメントを求めました。イプセン検事は「陪審員は、犯罪を理解するためにこのような情報を利用するのであり、感情的になるためではない。

1人の裁判官より正しい

12人の陪審員による衆知とバランスは、たった1人の裁判官よりも正しい、というのが米国の考えだ」と話しています。